山本 忍 氏のタイトル

Interview

山本 ──

そんなドラマが実はもう1つありまして。

それは同じ年の8月26日のことでした。戦後50周年を記念する式典が富士山麓で開催されたのですが、沖縄で採火された聖火が全国リレーされて最終ゴールの富士山に届いた日でした。私はそのイベントに救護班の一員として参加していたんですね。聖火が到着し、その聖火を灯すというリハーサルが始まってすぐに私に突然一本の電話が入ったんです。その内容は「山本先生の家が燃えています」という衝撃的なものでした。

イベントの途中ですぐに帰宅すると、家は半焼でしたが住める状態ではありませんでした。後日、重い気持ちで事件の経緯を病床にいる父に報告しに行きました。すると父は意外にも「富士山に聖火が灯った瞬間と、火事になった時刻にどれくらいの時間差があったのか?」と不思議なことを言い出したのです。

父はその時すでに全身に黄疸が出ており余命いくばくもないという状態でしたが、頭はしっかりしていたんですよ。二つの出来事について振り返ってみると、確かにどちらもほぼ同時刻に起きていた、ということに気が付きました。そこでそう伝えると、父は涙を流しながら「自宅の火事は聖火の有難いもらい火だから、お赤飯を炊いてお祝いしなさい」と言い、それから1週間後に亡くなりました。結局その言葉が遺言となったのです。

テンプル ──

普通の感覚では言えないような遺言ですね。お父様は死を目前にして、何かを悟られていたんでしょうか?

山本 ──

そんな父の最期の言葉もあって、この時に家を燃やしてくれた火というのは「神之木クリニックに行く前に、自分の中にあるドロドロとしたものをちゃんと精算しておきなさい」という木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ=富士山を司る女神)の計らいによるものだったのかもしれないなと思ったのです。

テンプル ──

一旦、ここまでの話をまとめますと、山本先生は、Aさんとの和解と、ご自宅の火事という2つのドラマを経た後に、必然的な流れから神之木クリニックの開業に至ります。そこで兼ねてからの夢だったホリスティック医療をいよいよ本格的に始めることになったわけですよね。

山本 ──

はい、そうです。あくまでも現代医学をベースにしながらですが、開業当初からしばらくの間は波動測定器を導入して診療に使ったり、ホメオパシーを処方したりしていましたね。

開業以来、波動測定とホメオパシーが診療に大きな位置を占めていましたが、2004年、40代半ばの頃に「アントロポゾフィー医学」に出会いまして、それ以降はこれ一本に絞って診療していくという決断をしました。それまでは残りの人生をホメオパシーと波動測定に全て捧げてもいいかなとさえ思っていたんですけれどね。でも、この道で行こうと決めた瞬間に、耳元ではっきりと天使のGOサインともいえる声が聞こえたのは不思議でした。そして、天使というのは一瞬たりとも自分を見放さずに見守ってくれているんだなと感激しましたね。

テンプル ──

それほどアントロポゾフィー医学というものが山本先生に大きなインパクトを与えたんですね。具体的にいうとどういう医学なんでしょうか?

山本 ──

一言で説明するのは難しいですが、“現代の西洋医学を基盤にして拡張していく医学”という言い方ができます。また“精神の内なる発展と魂の変容についての認識と理解を深めることで、ホリスティック(全人的)な取り組みへと導いていくもの”という表現もできると思います。

アントロポゾフィー医学では、人間の体が4つの構成要素(物質体、エーテル体、アストラル体、自我)で構成されているという捉え方、それぞれに地(鉱物界)、水(植物界)、風(動物界)、火(人間界)という自然界の4つの要素が対応しています。

さらに覚えておくと日常の様々な場面での理解に役立つのが「三分節」という考え方です。人間の体の構造や機能を、頭部(神経系/思考)、胸部(リズム系/感情)、腹部(四肢・代謝系/意志)という3つの分節に分けて考えるんです。身体の部分部分、さらには細胞や血液内のミクロの成分まで三分節の働きをもっていることがわかります。これは信じてくださいというより、それぞれの分野の専門家が専門的知識で確かめていける性質のものです。

それから、人間は十二星座と七惑星によって形づくられ、動きを与えられていること、その概念を用いて診断や治療に役立つこと等々です。赤ちゃんは十日十日の間にお母さんのお腹の中で目や耳がつくられますが、その芸術的・精妙なつくられ方の背景に惑星や星座の働きがあるということをきちんと認識していくことができます。

テンプル ──

う~ん。アントロポゾフィー医学がホリスティックかつ理論的だというのは分かりましたが、理解するのが難しいですね(笑)。実際にはクリニックでどのように診療されているんですか?

山本 ──

ホリスティック医学、アントロポゾフィー医学と、私の中で進展してきている歴史があって診療の内容も変化してきています。でも元々このクリニックは、“医療と福祉を結ぶ”という理念で誕生した経緯がありますので、地元の人たちの風邪や高血圧や痛み等々を丁寧に診ることが中心です。

看護師さんたちが常にサポートの中心にいてくれますが、鍼灸師、カウンセラーの仲間たちと始めたチーム医療も、今ではオイリュトミー療法、芸術療法、音楽療法の療法士さんたちとの協働作業が多くなってきています。

でも変わらないのは、患者さんの求めに応じた治癒のお手伝いをするということです。どうしても3分間診療では治りきらない患者さんが自然に集まってきますし、心と体を一つのものとして捉えるという私の診療スタイルに共鳴して遠方から来られる方がいらっしゃいます。私にとって、現代医学的には難題といえるような病態を携えてきてくださる方々は、私の成長を応援してくれているように感じています。

開業したばかりの頃、「膝が痛いんです」と言ってクリニックに来られた患者さんに「膝の言い分を聴いてみましょう」と思わず口をついて出たことがあります。「臓器や組織、細胞、ウィルスからのメッセージを通訳してお伝えする」というのが、私の診療の特色といえるでしょうか。ただ、この通訳という作業は、あくまで私が臨床経験を積んで得たスタイルで、私の個性によるものです。