白木原 雪乃さんのタイトル

Interview

清水 ──

企業のトップの人はめちゃくちゃ面白いんですよ。『本田宗一郎の…』の本を出した時、 本田宗一郎の名前を使うので会社やご家族に断った方がいいだろうと本社に電話したんです。ところが、本田宗一郎本人と本田技研は違うからと全然相手にされない。奥さんにもそっとしてほしいと言われて、これはどうしたものかと霊人本田宗一郎本人に相談してみたんです。そしたら「井深君ならわかってくれるだろう」と言うんですね。僕は井深さんの名前は知らなかったので「井深さんて誰ですか」って聞いたら、「君は井深君のことも知らないのか、ソニーの創業者だよ」と。仕方がないので、ソニー本社に電話をして事情を話し、原稿を送るので読んでいただきたい旨を伝えました。

1ヶ月ぐらいしたら、なんと井深さん本人から電話があったんです。そして「本田さんらしいなぁ」と。 井深さんご本人から直々に電話をいただくなんて、本当に感激でした。

テンプル ──

確か、当時のソニーには超能力研究所のようなものがありましたよね。

清水 ──

井深さんがこう言われたんです。清水さん、世界の誰もやらないことを考えてやるのが会社創立当初からのソニーの真骨頂なんだよ。CMで表現した「It's a SONY」、それこそがソニーなんだと。

テンプル ──

自由闊達にして愉快なる理想工場の建設、ですよね。

清水 ──

そして「あの世とこの世のテレビ電話も考えてるんだ」「魂は不滅で、ただ周波数が違うだけだから、亡くなった家族と周波数を合わせて連絡できるような、そういうテレビ電話を考えたら面白いよなぁ」と。そんな垣根のない人だったんです。

亡くなった人と会話をするなんて、そんなに珍しいことではないとも仰ってました。当時既に足を悪くされて車いすだったので、「歩けるようになったら君をソニーの超能力研究所に案内してあげるよ。楽しみに待っていなさい」と言われていた半年後に井深さんはお亡くなりになりました。

それですっかり僕の垣根が取れて、発明王の政木和三先生に手紙を書いて岡山まで会いに行ったこともあります。稲盛和夫さんも手紙を書くとちゃんと返事を下さって。こちらが真剣に手紙を書いたら、それにちゃんと答えて下さるんですよね。そこで僕はそれまでの考え方が変わりました。偉大なことを為す方ほど、そんな馬鹿なことと言わず、真摯に話を聴いてくれるんだと。

テンプル ──

どんな分野であれ、トップになる方というのは、大きな視野と柔軟な心、謙虚さをお持ちなんでしょうね。今の経営トップが同じかどうかは疑問ですけど。

清水 ──

それに、企業のトップは、自分の心を見つめる時間をちゃんと取っていました。不思議なご縁でそんな面白い時代の面白い方々と繋がることができたんです。

テンプル ──

当時の録音がまだ残っているのであれば、 2冊目3冊目の本の出版をリクエストしたいです! そして、清水さんは中村天風さんから借金の返済方法の指導を受けたとお聞きしていますが…。

清水 ──

ある時、霊人天風先生から「今いくら持ってるんだ」と聞かれたので「1万円です」と答えました。 すると「その1万円を持って、今すぐ銀行に行け」「貸付担当者に『借金を返しに来ました!』 と大声で言え」と言われたんです。

テンプル ──

それはかなり恥ずかしいですね。

清水 ──

めちゃくちゃ恥ずかしいですよ。「ここに1万円置いて帰りますから~」と 大声で言って、逃げるように帰りました。そしたら「清水君、カウンターに可愛い女の子がいただろう?名前ぐらい覚えてきたか。そのくらい見てくる余裕がなくてどうする」と叱られて。

心が動揺していると全体を把握できない。何度も通っていると僕にも心の余裕が出来て、銀行のどこに誰が座って、どう動いているかが分かるようになりました。霊人天風先生から、何時何分に銀行に行ったかを詳細にノートに記録するよう指示され、合計38回行きました。段々積極的になってきて、その記録をみれば、どう自分の心が変化していったかわかりました。

テンプル ──

金銭的な余裕ができる度に銀行に返済に行ったわけではないですよね。

清水 ──

霊人天風先生からはこう言われました。「俺は代わりに返してはやれないが、返し方は教えてやる。俺は銀行の頭取もしていたんだ。銀行には貸した責任がある。借りた責任半分、貸した責任半分。だから堂々としていればいい。あちらも商売でやってるんだから」「相手の胸元に飛び込むように行け。人は喉元に刃物の切っ先を突きつけられると動けなくなる。とにかく逃げるな。積極的に行け」

テンプル ──

かなりスパルタですね。

清水 ──

そうやって銀行に通っていたら、今度は銀行側から「こういう返し方があります」「こういう提案があります」と相談に乗ってくれるようになりました。一緒に考えましょうという態度に変化したんです。17年かかりましたが、3億7000万は全額返すことができました。

とはいえ、返済中は、従業員の給料の支払いや毎日の生活が苦しくて苦しくて…。自殺を考えたくなるほどの日々が続いていたら、ある日、霊人天風先生から「そんなに苦しいのか。今すぐ楽になる方法がある」と声をかけられました。そして「君が本当に楽になる時はどんな時か?」「借金を返済し終わった瞬間は気持ちが楽になると思います」「それなら今すぐその気持ちにおなりよ。返済したときの気持ちでいろ。後は時間の経過にしか過ぎない」と言うんです。ありありとその瞬間を心に描くために「返済完了の時には、銀行員に並んでもらい、銀行の支店長に『清水物産様、完済、誠にありがとうございます』と挨拶してもらうよう約束を取り付けてこい」そんな風に言われたんです。それで銀行に頼みに行ったら「お安い御用だ」と約束してくれて。

テンプル ──

銀行の対応も柔軟ですよね。コツコツと真面目に返済している清水さんの姿を間近にご覧になっていたからかもしれませんね。

清水 ──

ありありとそのことを思い浮かべられるなら、後は時間の経過だけだから必ず実現すると、霊人天風先生は僕の身体に教え込もうとしました。返済最後の日には親を連れて行き、行員の皆さんに並んでもらって、本当に支店長に挨拶をしてもらいました。そんなふうに自己実現を実際にさせながら、思考の使い方を霊人天風先生は教えてくれました。

買い物に行って隣の棚に同じものが半額で売っていたら、半額の商品を買うだろう。買い物ではお得を選びながら、何故、人生ではお得を選ばない。今すぐ幸せになれるのに、思考によって損ばかりの人生を選んでいる。何故なんだと。

テンプル ──

確かにそうですね。私も今の状態は過去のマイナスの思考の結果だと実感することがあります。不安な気持ちがその現実を作り出してしまう。