尾竹 一男さんのタイトル

Interview

テンプル ──

さて、次の話題ですが、枚方市の中学校で化学物質過敏症の生徒さんのために安全な学校をつくろうと、その中学の建築に関わられたそうですが、資料によると、理想からすると30点ぐらいだったとありました。その30点とは、どのような対策をされたのでしょうか。

尾竹 ──

まず、その学校の設計は既に終わっていました。その段階で僕が関わり始めたので、出来ないことがたくさんありました。学校生活は建物だけではありません。通学路、使う校門も関係してきます。

 公共建築は標準仕様書が定められており、 それがネックとなりました。つまり建築工事で使用する資材などの使い方の指導が入ります。決まった仕様で使わないと補助金が出ない。それが止められるか…。 

基本の設計プランは変えられない。なので、いくつかの教室だけの対応となりました。他の教室は通常のもの造るしかありませんでした。

テンプル ──

レッドゾーン、グレーゾーン、ブルーゾーンみたいに学校を分け、クリーンスペースを作ったということですか。

学校の見取り図(1Fのみ)

尾竹 ──

はい。ゾーンを設けてブルーゾーンだけを造りました。同じ部屋でも体調によっては大丈夫な日もダメな時もある。ですから、体調によって変えられるよう2つの異なった部屋を造りました。ニオイの影響を受けづらい金属で造った無機質の部屋。その生徒が使える比較的安全な木を使った有機質の部屋。

テンプル ──

無機質の部屋というのはどういった部屋なんですか?

尾竹 ──

床がタイル、壁と天井がアルミや合金などの金属です。伊豆で作ったクリーンルームは床が大理石、壁を琺瑯、天井を金属にしました。室内に排水溝を作り、部屋中を全て洗浄できるようにしてあります。

無機質ルーム1 無機質ルーム2

中学校で問題だったのは生徒が使う制汗剤でした。体育が終わると生徒が一斉に制汗剤を使ってしまう。中学が完成した後で見学に行ったら、変な臭いがしたので先生に聞いたら「今はどの生徒も使っている」と。制汗剤などの化学物質が学校中に臭うと、生徒の生活そのものに影響を与えます。それに学校は床にワックスをかけますし…。 先生の理解度もあります。ですから、総合的には妥協せざるを得なかったことがいくつもありました。それに学校はコンクリートの問題もあります。

テンプル ──

木は、無垢でも症状が発生しますが、 コンクリートも発症原因になるんですか?

尾竹 ──

コンクリートは木よりもっと危険です。鉄骨で家を建てると、使わざるを得ない化学物質があります。コンクリートの場合はコンクリートの成分も含め、それが問題になります。それに日本の法律では、耐火にコンクリートを使う必要がありますが、実は木造でも五寸柱なら1時間の火にも耐え、壊さないでも済みます。でもコンクリートは1時間、火に当たったら壊すことになります。総合的に考えると、木の建物の方がまだマシです。 

僕はコンクリートを家の基礎に使う時には「ラドン非含有」の証明書のあるコンクリートだけ使います。日本のコンクリートはほとんどラドンが入っていませんが、欧米のコンクリートにはラドンが含まれています。さらに問題なのは、コンクリートに使える安全な砂がほとんどありません。山砂を使うことが多いんですが山砂は汚染されています。関西には、ほとんど使える砂がありません。

テンプル ──

枚方の中学校を建てた時にはどこから砂を運んだんですか?

尾竹 ──

関西周辺の砂は使えないので岡山から運んできました。関東は利根川から運びます。山砂が汚染される原因のほとんどはゴルフ場です。関西の山砂の産地は京都の一条や奈良の生駒ですが、周辺はゴルフ場ばかりです。そういった砂を患者さんに1時間ほど握ってもらうと農薬の影響で手が真っ赤になります。岡山の砂でも、使う前には一回洗ってから使いました。

 僕は、学校の建築について何度も問題提起をし、教育関係の人に話していましたが、1度も真剣に取り組んではもらえませんでした。枚方の中学校は、初めて化学物質過敏症の子供のために対応をしたいと言ってくれた、僕にとってもセンセーショナルな仕事でした。

テンプル ──

子供は家庭科室に行ったり理科室に行ったりと、学校を縦横無尽に動きますよね。その動線はどうされたんですか。

尾竹 ──

それにはタッチできなかったので、特殊教室を2つだけ作りました。それ以上のことはできませんでした。でも先生がその部屋に出向いて授業することで、生徒は授業を受けられるようになりました。校舎にはワックスをかけないように出来ましたが、体育館はワックスをかけて滑りをよくしないと危険です。ですから、その生徒は在学中、体育館での授業は休む時がありました。また、先生方が化学物質の現状をなかなか理解してくれないので、夏休みごとに枚方市に出向いて、先生向けに化学物質過敏症に関する勉強会もしました。

テンプル ──

校庭での体育の授業だったら参加できたんですか。

尾竹 ──

はい。ところが体育は着替えが必要ですよね。ほとんどの生徒の体操着は洗剤で洗っているので、その洗剤のニオイが学校に充満します。体育のある日に同級生たちが体操着を持ってくると、同級生のいる教室に入れなくなりました。

テンプル ──

教科書、ノート、配布プリント…。学校では、全てが化学物質発生源になりますよね。

尾竹 ──

前年と同じ教科書なら、先輩の教科書を譲り受けられます。でも新しい教科書や配布プリントは1か月間、天日干しをしなければ使えません。それで文部省にかけあって、4月からではなく、3月に受け取れるよう働きかけをしました。今は、化学物質過敏症の子どもは、事前に教科書を受け取って準備できるようになっています。

テンプル ──

その生徒さん、3年間の中学校生活が終わった後、高校進学はどうされたんですか?

尾竹 ──

中学の3年間で症状がずいぶん軽減し、高校進学ができるようになりました。お母さんにもずいぶん指導をしました。彼女の家の中は、化学物質の発生源となるようなものを全部捨てて家具もなにもない家になっています。運動をよくする生徒だったので、汗をかいて新陳代謝が良くなったことも症状軽減の助けになりました。

テンプル ──

尾竹先生のおかげで、ずいぶんと体調が改善されたんですね。それは良かった。先生のような方がいらっしゃらなかったら、その生徒さんをはじめ、化学物質過敏症の方は八方ふさがりですよね。