入佐 明美さんのタイトル

Interview

テンプル ──

入佐さんが男性だったら、もっとやりやすかったですか?

入佐 ──

男性よりも女性がやるというところで、相手が変わって来ることがあります。心理学的に言えば、女性はある時に母親に転移したり、娘に転移したり、そういう要素で相手の方が自然に回復していく、ということもあると思います。

テンプル ──

母性で包み込むっていう感じでしょうか?

入佐 ──

娘の存在に触れるという感覚もありますよね。オジちゃん達にとってみれば、私は自分の娘のような存在みたいです。でも、ある時点では母親のような存在にもなります。男性同士だと競争相手になってしまうところがあるから、 女性の方が本音が出てくるんじゃないかと思います。男の人には喋れないことでも、女性には喋れるとか。本音で喋ってくれたら、ケースワーカーとしての力量がなくても、喋ってくれることで、寄り添いやすくなり、解決することはたくさんありました。

  入佐さん

 

特に、私のように女性が一人でやっていて組織がないっていうのは、人間の体で言えば毛細血管に入っていくような、そんな感じ。組織として活動していたら毛細血管の隅々には入れない。釜ヶ崎でしんどい状況で生きている方の、最もしんどいところへ入り込んで行くわけですから一人でやる。労働者の人も組織で守られてるわけではなく一人です。みんな一人の人生だから、私も一人でやる、というのもありました。

テンプル ──

その方々のしんどさを入佐さんはずっと一人で抱えられてきたわけですよね。誰かに話をして自分の気持ちを整理する、昇華させていくとか、そういうことはなかったんですか?

入佐 ──

一切なかったです。相手が人生のどん底の時に出会って信頼して喋ってくれたことでしょ。個人情報と言う前に、相手の方のことをすごく大事にしていたら、人には喋れないです。自分が選んでやっている上でのこと。全て自分の責任でやっていました。

テンプル ──

相手の辛さを受け取って抱えられたとき、入佐さんに信仰があったっていうのは大きかったですか?

入佐 ──

大きかったですね。宇宙を作った神様が見ている中で全て行われている。信仰があったから、どんな状況でも、それを含めて神様は私を導いて下さっている、というのがありましたよね。そういうのは徹底してましたね。

テンプル ──

私が大尊敬するグラディス・マクギャレイ医学博士は、去年100歳を迎えられたんですが、 インド生まれなんです。ご両親がキリスト教の医療奉仕でインドのジャングルに滞在している時に生まれたんです。100年前の貧しいインドの、さらに貧しいジャングルで医療奉仕をしていたアメリカの若いご夫婦がいたことに本当に驚きました。さらにマクギャレイ博士の叔母さんはインドで、ハンセン氏病で親を亡くした子供たちのために施設も作られています。これが信仰のある強さかと。とてもかなわないと思いました。

入佐 ──

全宇宙を作ってくださった神様の存在を絶対的に信じているし、聖書も信じている。根本にそれがあるので、なんとかやってこれたのかなとも思います。

テンプル ──

魂や心のふれあいを感じられたオジさんたちとのエピソードをもう少しお話いただけますか?

入佐 ──

野宿生活からアパートに入って、すごく生活が落ち着かれて、これからは生活保護で生きていける、心も生活も安定してすごく幸せだとおっしゃった方が、こんなことを言われたんです。 

生活の安定も嬉しいけれど、自分にとってそれ以上嬉しかったのは、自分が野宿をして2月の寒い時期に風邪をひいて、咳が激しくて本当にどん底で、いつあの世からお迎えが来るんだろうと、自分の人生は何だったんだろうかとか悶々として生きている時に、アパートはいかがですかと世話して、6万円というお金をポンと貸してくれた。こんな人間を信じてくれた。本当にそれが嬉しくて、このねえちゃんの信頼は絶対に裏切ったらあかんと思ったって。 

その人は生活保護のお金から15,000円ずつを返して下さいました。4ヶ月目に返し終えた時、こんなにほっとしたことはなかった、これで自分も人の信頼を裏切らないで済んだ。これで自分も人間というものを信じられるようになったと言ってお帰りになられました。 

その人のことは大きかったですね。私は野宿してる人の一番の希望はアパートを借りて、生活が安定することだと思って無我夢中でやってきた。それを聞いた途端に、アパートを探したり生活保護の手続きをしたり生活の安定を作り出すということを目標にしてはダメなんだと思ったんです。 

それはきっかけで、最終的には、相手の人が自分は大事な存在だ。信じてもらえる存在だと感じられるような関わり合いをしていくことが一番大事だということがわかったんです。これが10年目の出来事。病気になる前のことです。10年間そんなことにも気づかず、ただ無我夢中でやってきたのかと、そんな自分にショックでした 労働者が何を求めているか気づかないでやってきた。あの方の話が私の大転換になりました。

テンプル ──

この時の出来事も落ち込みの一つの要因になったんでしょうか。

入佐 ──

無我夢中でやったからこそ気がついたことだと頭ではわかっていても、10年間、大事なことをわからずやってきた自分を責めました。

テンプル ──

この後、ご自身の在り方、向き合い方は変わりましたか?

入佐 ──

最終的に、皆さんが求めているものはこれだ、ということを知っているだけでもプロセスが違ってくるよね。今まで通り希望を聞いて同じことをやるんだけど、いつもその思いがある。それは全然違います。